日記 その2

ザ仏教海賊団から引っ越ししてきました

青空の卵

今日は完全に寝正月

 

寝たのが午前7時だったのもあって起きたのは午後4時

 

そのあと少し勉強して本読んでまた寝た

 

年末に買った本で「青空の卵」を読み終わった

 

日常の謎の系統で誰も死なないし、事件を起こした犯人も

解決すると幸せになれるいい話

 

「推理は誰かが幸せになるためにしなきゃいけない」って

小さい頃から大好きな探偵が言ってたから

その仲間が増えたみたいで嬉しい

 

青空の卵の終盤にこんなセリフがあった

 

メキシコで奥さんを見つけて結婚して子供ができたけど

その責任に耐えられなくて逃げるように日本に帰ってきた隆之が

「日本はすべてが薄っぺらで生きてるのか死んでるのかわからない」

と感じながら毎日を過ごすようになった

 

それに対して言ったセリフで

 

「今までは隆之にとって世界は自分中心に回っていて

心の中に隆之1人しか住んでいないから

隆之の幸せが隆之の満足だった。

 

でも今は愛する人を心に刻み込んでしまったから

その人たちを幸せにしないと満足できなくなってしまったんだ。

 

それは不吉な響きで受け止められるかもしれないけど

本当はとても幸せなことなんだよ」

 

前までの隆之が今の自分と同じだと思った

 

今は自分が幸せになるように毎日を行動して

それでかなり満足してすごしてる

 

でもそれはまだ心の中に自分ひとりしかいないことだと気づいて

急に寂しくなってきた

 

それで遅起きのせいで寝付けない夜に自分のことを

色々と考えてた

 

今の自分は「他人は他人」って意識がすごく強くて

それは無関心の象徴なんじゃないかと思った

 

はっきり言って例えば妹が交通事故で死んでしまっても

「毎年交通事故でたくさん亡くなる人の1人に

運悪くなってしまった」と考える自分がいる

 

それは崩れそうな自分の心を守るためでもなく

初めからそう考えてしまうドライさがある

 

妹のことは好きなはずなのに葬式の雰囲気で泣くことはあっても

1人のときに泣くことは多分ない

 

虚無感とかじんわり悲しむことはあっても

大泣きしたり、ドラマみたいに復讐を誓ったりしないだろうな、と

 

人情に厚い人になりたいと心のどこかで思ってたはずなのに

自分はそんな寂しい人だったのか、と気づいてしまった

 

じゃあどうすればいいのかって考えると

「もっと他人のための時間を増やせばいいんだ」と思った

 

心に1人しかいないけれど、野球とかももクロとか

なくなったら悲しむことはある

 

そういう趣味・娯楽と人間に大きな差はないはずで

じゃあなんで人は?って考えたら思い立った

 

見たり読んだりで費やす時間の長さが

そのまま心を分け与えることになるんじゃないかと

 

コンテンツと違って生身の人間はそういうことができないから

一緒に過ごしたり、考えることでしか補えないけど

まあそういうことだろうと思った

 

それとはまた別の話で、自分の世界に1人しかいないのは

他人が入ることを恐れてたからだろうとも思った

 

せっかく1人の世界で満足できるのに、他の人が来たら不安

みたいなことを直感的に思ってたと思う

 

関係あるかわからないけど、もっと本音を見せられるようになることが

他人が入ることを怖がらないことにつながる気がする

 

本音を話してこなかったかって言うとそんなことはないし

本音を全部口に出すのもきっと良くない

 

でも恥ずかしい…とか言わなくていいなら…とかで

言ってもいいことも口に出さないことがあったと思う

 

「会えてよかった」とか「準備ありがとう」とか

その程度なんだけど言えないんだよね

 

そういうのを無理ない程度に少しずつ言えるようになりたいな

 

 

 

心を開く、とか、自分の殻にこもる、とか

そういう比喩って意味わかってなかったけど

やっとイメージできるようになったよ

 

「心に他人が住むこと」が今回の全ての始まりで

そこから色んなことが分かった気がする

 

おわり